平井家住宅

かつて北上川舟運の要衝として栄えた郡山駅に、豪商の平六商店(現在の菊の司酒造)の第12代平井六右衛門が約3年の歳月をかけて大正10年に完成し、内閣総理大臣に就任した原敬を接待するために新築された屋敷です。

住所 紫波町日詰郡山駅246
電話番号 TEL 019-671-1755
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法廣山(ほうこうざん) 正音寺(しょうおんじ)

正音寺の銅鐘は約400年前の作で盛岡の法輪院(ほうりんいん)が廃寺となったとき譲り受けたと伝えられています。正音寺の境内左にあるお堂には平安時代後半の木造毘沙門天立像、降三世明王・軍茶利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王像が安置されています。これらは、もともとは、赤沢地区の蓮華廃寺(れんげはいじ)周辺に所在した仏堂に安置されていたものです。

住所 紫波町遠山上小深田29-1

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城山公園・高水寺城跡

町のほぼ中央に位置する小高い山にあります。室町幕府とゆかりの深い斯波(しば)氏の居城であり、御所ともいわれ、中世紫波郡の中心として約400年栄えた場所です。2,000本を超える桜が咲き誇る桜の名所で、公園へ続く遊歩道にできる桜のトンネルは見ごたえがあります。

住所 紫波郡紫波町二日町字古舘21-2

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勝源院の逆ガシワ

広葉樹である柏は、本来の幹は直立して高さは20m以上になり、秋になっても葉が落ちないことから縁起の良い木といわれます。 本堂裏にあるこのカシワは直立しないで、地上1mで4本の支幹に分かれして、それぞれの枝が地面を這うように伸びてから立ちあがっています。

住所 紫波町日詰字朝日田23

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大荘権寺(だいしょうごんじ)跡

大荘厳寺は、比爪館の構成要素として、「政庁」、「御所」とともに造営された「寺院」です。奥州藤原氏の滅亡後も大荘厳寺は存続し、中世を通じて、比爪館のあった箱清水地内に所在し続けました。

住所 紫波町南日詰字箱清水

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古代蓮の池

五郎沼古代蓮は、奥州藤原氏四代泰衡の首桶に比爪の人が手向けた、五郎沼の蓮の種子が現代に蘇ったものといわれています。 昭和25年の金色堂学術調査で首桶の中から見つかった蓮の種子を、平成6年に恵泉女学園短大の長島時子教授が、生命工学で発芽させて中尊寺に移植し、平成11年初めて開花させたものです。平成14年5月28日、中尊寺から株分けされ五郎沼の傍に移植されました。

住所 紫波町南日詰字箱清水

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五郎沼

奥州藤原氏初代清衡(きよひら)の孫桶爪太郎俊衡(ひづめたろうとしひら)、五郎季衡(ごろうすえひら)兄弟の館が近くにあり、五郎がこの沼で遊泳していたことからその名がつけられたといわれています。 春は満開の桜並木が水面に映え、夏には古代蓮(こだいはす)の池で蓮の花が色鮮やかに咲き競い、冬は白鳥の飛来する所として知られています。

住所 紫波町南日詰字箱清水

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走湯神社

二日町の東部、城山の北西麓に位置。鎌倉時代からの古刹高水寺の境内にあった、当国三十三観音7番札所。祭神は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)で旧村社。

住所 紫波町二日町字向山170

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西田遺跡

東北新幹線の建設に先立って岩手県教育委員会による発掘調査が行われ、縄文時代中期(およそ4,500年前)の環状集落が見つかりました。集落は広場を中心として192基もの土坑墓群が、その周りには掘立柱建物群が配置され、やや距離をおいて堅穴住居跡が放射状に配置されています。

住所 紫波町犬渕字西田 岩手山神社付近

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高水寺跡

二日町の東部、城山の北西麓に位置した古刹。寛永年間(1624年~44年)盛岡城下に移され、明治初年廃寺となりました。神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)称徳(しょうとく)天皇の勅願によって創建されたと伝えられます。

住所 紫波町二日町字向山171

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