世界遺産平泉関連 Aコース


 

◇コースの見どころ


 

陣ヶ岡・蜂神社
源頼義・頼家父子が勧請したとされる蜂神社や、頼義が造らせた月の輪・日の輪の中島など、前九年の役に関係する史跡のほか、源頼朝による奥州藤原氏征伐の際、殺害された藤原泰衡の首をさらし首にする際、洗ったとされる清水があります。春は桜、ツツジ、夏はアジサイ、秋は紅葉が美しい詩情豊かな聖地です。


 

陣ケ岡公園

陣ケ岡公園


旧奥州街道
五街道としての奥州街道は正式には奥州道中といい、江戸幕府道中奉行の直轄下にあった白河以南を指し、道中には27の宿場が置かれました。江戸時代には江戸と陸奥国さらには蝦夷間の物流が増加しました。岩手県岩手郡岩手町から二戸郡一戸町に至る街道跡の7区間、延長8.86kmが、「盛岡市の北方、かつての一戸宿周辺には、浪打峠をはじめ往時の姿をとどめる街道跡、一里塚が良好に残っており、近世の交通の歴史を知る上で貴重である」として、国の史跡「奥州街道」に指定されています。

走湯神社・高水寺
走湯神社は、かつては走湯権現・大槻観音ともいわれ、高水寺の鎮守として、後に鎌倉幕府を開く源頼朝によって1189年に勧請されました。走湯神社の宵宮には、紫波町二日町鹿踊が奉納されます。雄鹿は激しく鳴き声をあげ、全頭が雌を奪い合う珍しい鹿踊です。


高水寺城跡(城山公園)
郡山城は岩手県紫波郡紫波町二日町字古舘に所在し、高水寺城の名称は、斯波氏の居城が高水寺という寺の一部を城柵として用いられたことに由来する。現在は、紫波町立城山公園として整備されています。


日詰商店街(旧郡山駅)
銭形平次のふるさとで見つけるおいしい幸せ。食べ処から青果店・生肉店、衣料品店、スポーツ用品店と、何でも揃う商店街。人情とうまいものに出会えるスポットです。この場所は、かつては郡山と呼ばれ、外来の商人や職人が集まった宿場町でした。

平井邸 
紫波町の豪商、第12代平井六右衛門が、大正7年に内閣総理大臣に就任した原敬を接待するために新築した屋敷。大正7年に着工し、3年をかけて大正10年完成した岩手県内でも数少ない対象の邸宅です。町内の国指定文化財は「勝源院の逆ガシワ」「山屋の田植踊」に次いで3件目、建造物としては初めての指定となります。


比爪館跡
12世紀ごろ志和郡(紫波町、矢巾町、盛岡市都南地区から厨川付近)を治めた樋爪氏の居館跡です。始祖は清衡の四男清綱といわれ、その子俊衡が志和郡を治めることとなったときに姓を樋爪と改めました。砂金と馬などで平泉藤原氏を支える重要な地方政庁としての役割を担った。館は文治5年(1189年)頼朝の奥州攻めで俊衡と泰衡がみずから火を放ち焼失したと伝えられています。


五郎沼の白鳥

五郎沼の白鳥


五郎沼
奥州藤原氏初代清衡の孫桶爪太郎俊衡、五郎季衡兄弟の館が近くにあり、五郎がこの沼で遊泳していたことからその名がつけられたといわれています。春は満開の桜並木が水面に映え、夏には古代蓮はすの池で蓮の花が色鮮やかに咲き競い、冬は白鳥の飛来する所として知られています。

嶋の堂観音
当国三十三観音六番札所。五郎沼の観音島にありましたが、嘉永4年に現在地に移転しています。社殿の後ろに乾元2年(1303年)碑があります。

義経神社
赤沢地区には、義経に関する伝説がいくつもあります。平家から逃れて平泉にやってきた義経はひそかに赤沢で暮らしながら馬や弓の鍛錬をしていたが、立ち寄った井戸で娘と知り合い、子ができたという。その子孫が、現在判官堂を所有する家に住んでいるという。義経が飲んだ井戸は今でも水が湧き、義経が使ったとされる弓なども、そのゆかりの家には残されています。

赤沢薬師堂(七仏薬師)
赤沢地区に所在する七仏薬師如来を祀るお堂で、薬師如来像は12世紀奥州藤原氏の時代の制作です。七体そろって伝わっている事例は珍しく、岩手県指定文化財となっております。

赤沢郷土資料館
紫波町赤沢地区で盛んだった養蚕の文化を後世に残そうと、地域住民から寄贈があった用具など約70点を繭の生産から、生糸の精製までの流れに合わせて並べるなど、農家の家計を支えた道具の数々を通して、次世代に昭和期の文化を伝えています。

道の駅あかさわ(赤沢産直)
組合員は全て赤沢地区内農家で、地域で生産されたものだけを販売し、地域密着型の産直をモットーにしています。ぶどう、りんごをはじめ果物の品揃え、品質は定評があります。

フルーツパーク
紫波フルーツパークワイナリーでは町内産のぶどうを原料(自園)に、町内のワイナリーで醸造する(自醸)こだわりの自園自醸ワインを生産発売いたしております。ぜひ紫波産のぶどう100%の味をお楽しみ下さい!

 

 

 


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