彦部田植踊【紫波町無形民俗文化財】

788年昔の建保3年(1215年)から文永年間に至る50年の間浄土真宗の開祖親鸞聖人の高弟の中、10番に位したという是信房が師の意を享けて奥羽に下り仏縁あってか彦部の小深田家彦太夫方に草鞋を脱がれ、石ケ森山に本誓寺を興された。その時、従者として随行した橋本作内(現橋本彦三家49代の祖)と千原三ェ門(現石川利家の遠祖)と弟子の浄信の3人は師の活動に手伝い其の頃、上方に流行した田舞を教えられ、土地の人に教えたのが彦部の田植踊だと口伝されている。踊の進め方は他の組のものと大差のないものであるが、仲踊と称する子供達の踊の中で、車踊という他の組に見られない踊が伝えられている。彦部芸能保存会では、伝承活動の一環として昭和57年から小学生に指導し、小学校でも又、児童の故里学習にと凸植踊りをとり入れ、全校生徒に踊らせ運動会、学習発表会、秋の祭等の行事に発表している。 代表者 佐藤勝雄

住所 岩手県紫波郡紫波町彦部字川前59

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    住所 岩手県紫波郡紫波町彦部暮坪193-1

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    コーヒーは秋田県潟上市のカフェ・ブレンナーさん焙煎の豆、ハーブティーは、雫石町のティースプーンさんの茶葉を使用しています。

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    住所 岩手県紫波郡紫波町彦部字東86

    私共の生まれ育った彦部の里には、紫波町の無形民俗文化財として指定されている芸能が二つあり、その一つが南部家の家臣、南部駒太夫の手によって舞い広められた七幹舞(大神楽)がこの地に伝承され六角舞として舞われ、後に手振りに工夫を加えた舞が、その先達片岸家によって片岸舞と称し現代に至っている訳ですが、その片岸舞唯一の舞組が彦部大神楽であり、田植踊に次ぎ昭和53年に第13号の指定を受けて居ります。

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    住所 紫波郡紫波町彦部字石ケ森 彦部産直 楽々のそば

    浄土真宗開祖・親鸞の高弟24人中10位にあった徳の高い僧侶である是信房は、1215年にこの地にやってきたといわれています。石ヶ森(いしがもり)に本誓寺(ほんせいじ)を創建し、浄土真宗を布教。1258年に死亡しその墓所はお墓山(はかやま)といいます。町指定史跡。

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