舟久保さんさ踊り【紫波町無形民俗文化財】

口伝によると、藤原氏の栄えた頃に平泉の方からこの地域に来て金の採掘に従事した人々によって踊り始まったものが、土地の人々に伝わり、現在に至ったものという。ちなみに現紫波町の、佐比内・赤沢・長岡の東部山間地区には大小の金山が散在し、採金に関わる人々が諸国から集ったといわれている。そのためかこれらの地域には、山村にもかかわらず集落が形成されていた。これは他国から来た人々の為にできた家並であると言われている。舟久保地区に来た人々の手で、先ず念仏剣舞が教え広められたが、念仏剣舞では参加できる人数が制約されるところから、人数を分けて盆踊を数えた。それが舟久保さんさ踊りの発祥であると伝えられている。念仏剣舞に使われたササラとかツボケの様な小道具も部落に残され現存しているが、特徴のあるのは踊の装束である。踊の手振りについては、他の組のものと大差のない形になったであろうが、踊装束は昔のままのものであると言われ、先が前垂(前掛とも言う)をしていること、黒股引を着用していること、手甲を着けている、草鞋ばきで踊る、以上の点で、他の踊組との違いがある。このことは、念仏剣舞の踊手と同じ装いであると伝えられている。また、一説には時宗の一遍智真上人(正応二年(1289年)没)がこの地方に布教に来られ、念仏剣舞さんさ踊を教えたとの説もある。 代表者 松坂 嵩

住所 岩手県紫波郡紫波町船久保字百沢80-2

近くのスポット

  • 薬師堂

    • 木造七仏薬師如来立像
    • 歴史・文化
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    • 観る東部
    住所 紫波町赤沢字田中35

    赤沢地区に所在する七仏薬師如来(しちぶつやくしにょらい)を祀るお堂です。 薬師如来像は12世紀奥州藤原氏の時代の制作です。七体そろって伝わっている事例は珍しく、岩手県指定文化財となっております。12月8日がご祭日となっており、薬師講の方々によって毎年お祭りが続けられています。

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  • 山屋館経塚(やまやだてきょうづか)

    • 平安時代
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    住所 紫波町山屋字山口

    山屋地区、山祗(やまずみ)神社近くの尾根上に、「山屋館経塚」が所在します。 経塚とは仏教信仰に基づいて経典を納めた塚です。山屋館経塚には4基の経塚が築かれており、経典を納めた容器である「三筋文壺(さんきんもんこ)」「波状文四耳壺(はじょうもんしじこ)」などが、出土しています。

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    • 斯波氏
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    住所 紫波町遠山上小深田29-1

    正音寺の銅鐘は約400年前の作で盛岡の法輪院(ほうりんいん)が廃寺となったとき譲り受けたと伝えられています。正音寺の境内左にあるお堂には平安時代後半の木造毘沙門天立像、降三世明王・軍茶利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王像が安置されています。これらは、もともとは、赤沢地区の蓮華廃寺(れんげはいじ)周辺に所在した仏堂に安置されていたものです。

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  • レストラン果里ん亭

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    住所 紫波町遠山字松原7-8

    のびやかな農村風景にたたずむ紫波自慢の味処。地元の食材を使った美味しい料理を食べられます。

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  • 義経神社(判官堂)

    • 人物
    • 平泉樋爪
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    • 源義経
    • 神社仏閣
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町赤沢木戸脇114-3

    源義経(みなもとのよしつね)にまつわる伝説が残る赤沢地区。その一つが義経神社。 お札には、義経と縁のあると思われる「判官宮(はんがんぐう)」の文字と弓矢の絵が描かれており、昔は出征する兵隊が参拝し、このお札をもらって戦地に向かったといわれています。乗馬の鍛練をしたという「鐙越((あぶみごえ)」「矢島(やしま)」「的場(まとば)」が地名として残っています。「鐙越」の急斜面は、「鵯越(ひよどりごえ)」につながる鍛錬の場であったと言われています。

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