赤沢薬師堂

赤沢薬師堂

赤沢地区の音高山南麓の福宝薬師堂に、平安末期12世紀奥州藤原氏の時代の作と推定される七仏薬師如来(しちぶつやくしにょらい)立像が、今も地域の人々の信仰を集め、祀られているお堂です。 七体そろって伝わっている事例は珍しく、岩手県指定文化財となっております。12月8日がご祭日となっており、薬師講の方々によって毎年お祭りが続けられています。 周辺に鎌倉時代末期の石卒塔婆群10基が散在し、正和元年(1312年)、嘉暦2年(1327年)、同4年、元徳3年(1331年)の紀年銘があります。 前九年の合戦(1051年~1062年)のとき、一族の遠山師重は、経清 の母とともに赤沢へ落ち延び、母はここで亡くなったといわれており、経清の母の供養碑があります。

住所 岩手県紫波郡紫波町赤沢字田中35

近くのスポット

  • 義経神社(判官堂)

    • 人物
    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 源義経
    • 神社仏閣
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町赤沢木戸脇114-3

    源義経(みなもとのよしつね)にまつわる伝説が残る赤沢地区。その一つが義経神社。 お札には、義経と縁のあると思われる「判官宮(はんがんぐう)」の文字と弓矢の絵が描かれており、昔は出征する兵隊が参拝し、このお札をもらって戦地に向かったといわれています。乗馬の鍛練をしたという「鐙越((あぶみごえ)」「矢島(やしま)」「的場(まとば)」が地名として残っています。「鐙越」の急斜面は、「鵯越(ひよどりごえ)」につながる鍛錬の場であったと言われています。

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  • 山屋田植踊 【国・重要無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町山屋字鍋沢61

    その昔山屋部落では砂金がよく取れ、採金業が盛んに行われていた。平泉藤原氏の時代に砂金採掘の為に京より来住した「孫六」なる人が好んで田楽、田舞などを踊り、土地の豪族菅原氏を介して里人を踊らせたものが、土地での変遷を経て現在に伝わったものであるといわれている。

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  • 遠山田植踊【紫波町無形民俗文化財】

    • 時代
    • 郷土芸能
    • 鎌倉時代
    住所 岩手県紫波郡紫波町遠山字小杉51

    遠山にはずっと古くから様々な民俗芸能が育つ場所され、田植踊のほか念仏剣舞や奴踊などもあったと伝えられる。佐比内から北の地域で、その昔、金の採掘で賑わった時、郷土芸能も盛んだったと推察されるが、文書などによる由緒はなく、はっきりはしない。

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  • 犬吠森念仏剣舞保存会 【県指定無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町北田字砥掘39

    岩手県教育委員会の調査資料によると、永禄年中(1558~1569)に盛岡市太田の上鹿妻より、赤沢村遠山の与五右衛門氏が伝授を受けたと記されている。

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  • 山屋館経塚(やまやだてきょうづか)

    • 平安時代
    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町山屋字山口

    山屋地区、山祗(やまずみ)神社近くの尾根上に、「山屋館経塚」が所在します。 経塚とは仏教信仰に基づいて経典を納めた塚です。山屋館経塚には4基の経塚が築かれており、経典を納めた容器である「三筋文壺(さんきんもんこ)」「波状文四耳壺(はじょうもんしじこ)」などが、出土しています。

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