高水寺跡

高水寺跡

二日町の東部、城山の北西麓に位置した古刹。寛永年間(1624年~44年)盛岡城下に移され、明治初年廃寺となりました。 神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)称徳(しょうとく)天皇の勅願によって創建されたと伝えられます。古くは40余坊が荘厳さを競い、大同2年(807年)には坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が堂ならびに鐘楼・太鼓堂・鰐口以下 諸仏具を寄進し、康平(こうへい)年中(1058年~65年)源頼義(みなもとのよりよし)・義家(よしいえ)親子が安倍氏との戦いのためおもむいた際、堂塔・護摩殿などを健立、十六坊を修造したとされる(祐清私記)。「吾妻鏡」(あづまかがみ) 文治5年(1189年)9月9日条に寺名がみえ、称徳天皇の勅願寺とされ、鎮守は走湯権現(そうとうごんげん)(現走湯神社)で、一丈の観音菩薩像についての記述があります。 また、当寺の僧16人は、金堂の壁板13枚をはがし取った宇佐見氏の横暴を源頼朝(みなもとのよりとも)に訴えています。現在走湯神社隣接の収蔵庫には、「吾妻鏡」にいう一丈の観音菩薩像の後身といわれ、平安末期の作とされる木造十一面観音立像(岩手県指定文化財)が安置され、当国三十三観音霊場の第七番札所になっています。

住所 紫波町二日町字向山171

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    住所 紫波町二日町字向山171

    二日町の東部、城山の北西麓に位置した古刹。寛永年間(1624年~44年)盛岡城下に移され、明治初年廃寺となりました。神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)称徳(しょうとく)天皇の勅願によって創建されたと伝えられます。

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    住所 紫波町二日町字向山170

    二日町の東部、城山の北西麓に位置。鎌倉時代からの古刹高水寺の境内にあった、当国三十三観音7番札所。祭神は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)で旧村社。

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  • 古館産直センターグリーンハウス

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    住所 岩手県紫波郡紫波町高水寺字田中66-2

    昭和の石造りの米倉庫を再利用して開設した産直です。地元紫波町で丹精こめて栽培された旬の野菜や果物を取り揃えており、美味しさ、鮮度とも抜群! 果樹栽培地域なので、季節により様々な果実をお求めいただけます。

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  • 月の輪(月の輪酒造店)(要予約)

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    住所 紫波町高水寺字向畑101

    伝統の継承と技術の革新を目標に掲げ、日本酒造りには不向きといわれるもち米を100%使用した純米酒の製造や、原料の米を最大限に利用する焼酎の製造にも取り組むなど新しいことに挑戦し続けています。

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  • 二日町鹿踊【紫波町指定無形民俗文化財】

    • 歴史・文化
    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町二日町字向山152

    現在、城山公園として親しまれている斯波氏の居城高水寺城のふもと、政治・経済・文化の中心地として二日町が栄えた頃の1500年代に伝わったものとの口伝があります。現在の庭元小川家の言い伝えによれば、元来本家である屋号大妨家小川氏の家に伝わったもので、数代前(160年位)同家は上方に移住しているが、転住に際して分家である現在の庭元小川氏に、鹿踊に関する一切のものを、譲って去ったといいます。一説に、長岩寺の中興開祖と言われる梅岩嶺雪大和尚が伊勢より赴任の時に伝来したものとの言い伝えもあるが不明です。

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