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紫波町中央部エリア

春の志賀理和気神社(赤石神社)

春の志賀理和気神社(赤石神社)


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紫波町中央部エリアのスポット

  • 桜町田植踊り【紫波町無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町桜町字中屋敷5-2

    桜町田植踊の歴史は平泉に藤原氏が栄え始めた頃から田植踊とか、大神楽のような芸能が伝承され、明治初期まで踊られたそうです。しかし、後継者がいなくなり途絶えておりました。その後、明治22年埼紫波町桜町の与十郎家(現在の高橋次男家)が中心となって(家元)復活し、伝承されて来ましたが、やはり後継不足等の問題で昭和32年以降消滅しておりました。

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  • 五郎沼

    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る中部
    住所 紫波町南日詰字箱清水

    奥州藤原氏初代清衡(きよひら)の孫桶爪太郎俊衡(ひづめたろうとしひら)、五郎季衡(ごろうすえひら)兄弟の館が近くにあり、五郎がこの沼で遊泳していたことからその名がつけられたといわれています。 春は満開の桜並木が水面に映え、夏には古代蓮(こだいはす)の池で蓮の花が色鮮やかに咲き競い、冬は白鳥の飛来する所として知られています。

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  • 大荘権寺(だいしょうごんじ)跡

    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る中部
    住所 紫波町南日詰字箱清水

    大荘厳寺は、比爪館の構成要素として、「政庁」、「御所」とともに造営された「寺院」です。奥州藤原氏の滅亡後も大荘厳寺は存続し、中世を通じて、比爪館のあった箱清水地内に所在し続けました。

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  • オガールイン

    • 宿泊中部
    • 泊まる
    住所 紫波中央駅前2丁目2-3-12

    紫波町が紫波中央駅前一帯の開発に取り組んでいる“オガ-ルブロジェクト”のもとで建設された官民複合施設。

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  • 勝源院の逆ガシワ

    • 斯波氏
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る中部
    住所 紫波町日詰字朝日田23

    広葉樹である柏は、本来の幹は直立して高さは20m以上になり、秋になっても葉が落ちないことから縁起の良い木といわれます。 本堂裏にあるこのカシワは直立しないで、地上1mで4本の支幹に分かれして、それぞれの枝が地面を這うように伸びてから立ちあがっています。

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  • 古代蓮の池

    • 奥州藤原氏
    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 源頼朝
    • 観る
    • 観る中部
    住所 紫波町南日詰字箱清水

    五郎沼古代蓮は、奥州藤原氏四代泰衡の首桶に比爪の人が手向けた、五郎沼の蓮の種子が現代に蘇ったものといわれています。 昭和25年の金色堂学術調査で首桶の中から見つかった蓮の種子を、平成6年に恵泉女学園短大の長島時子教授が、生命工学で発芽させて中尊寺に移植し、平成11年初めて開花させたものです。平成14年5月28日、中尊寺から株分けされ五郎沼の傍に移植されました。

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  • カフェスタイルバー ビビット

    • 食べる
    住所 紫波町日詰字丸盛214-1

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  • 小昼ハウス

    • 買う
    • 食べる
    住所 紫波町高水寺字田中68

    もち米生産日本一の紫波町、代々親から伝えられたおふくろの味を皆様へお届けしようと頑張っています。お引き出物やお供えなどいろいろご相談に応じますのでご利用下さい。

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  • 中陣大神楽【紫波町無形民俗文化財】

    • 歴史・文化
    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町桜田31-1

    陣ヶ岡は町北西部にある小高い丘陵地帯で、古くから郷士歴史の宝庫といわれている。昔、源頼義・義家父子が厨川に進駐し勝利をあげる前九年の役(1051~1062)の折、陣ヶ岡に駐留し祝宴を催した時、四方の悪魔祓いとして獅子舞を、住民の守護と幸を祈って囃子舞を舞わせたといわれ、それが土地の人達に伝え残されたものが、中陣に伝わる大神楽の始まりと、古老によって語り伝えられている。舞いの形から見れば、新堀の六角流の系列と見られ、部落内のその地位を確立したのは、明治の後半期ではないかといわれている。

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  • 不動明王絵像碑(ふどうみょうおうえぞうひ)

    • 南部氏
    • 歴史・文化
    住所 紫波町南日詰字箱清水

    箱清水石卒塔婆群の右側の、一番奥の碑には不動明王像が線刻された絵像碑があります。 銘文に元亨(げんこう)3年(1323年)4月8日とあり、鎌倉時代末期に当たります。絵像碑で紀年銘があるものはこの碑だけで県内最古の絵像碑と位置付けられます。

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