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紫波町東部エリア

フルーツパーク  紫波町のワイン

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紫波町東部エリアのスポット

  • 長岡城跡

    • 斯波氏
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町東長岡字竹洞地内

    西長岡の北東部、天王川(てんのうがわ)下流左岸の館山山頂に位置。斯波氏の重臣長岡八右衛門詮尹の居城と伝えられています。天正16年(1588年)斯波三郎(さぶろう)詮(あき)直(なお)が南部信直の攻略をうけた時、長岡には一揆が起こり長岡氏も身動きできず、孤立無援の斯波詮直は一戦も交えず山王海へ亡命したと伝えられます(「奥南旧指録」など)。南部領諸城破却書上には南部東権助持分とあって平城とされていますが、当城は山城であり、これは居城が平地にあったことによるといいます。

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  • 彦部田植踊【紫波町無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町彦部字川前59

    788年昔の建保3年(1215年)から文永年間に至る50年の間浄土真宗の開祖親鸞聖人の高弟の中、10番に位したという是信房が師の意を享けて奥羽に下り仏縁あってか彦部の小深田家彦太夫方に草鞋を脱がれ、石ケ森山に本誓寺を興された。

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  • 星山神楽保存会【紫波町指定無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町星山字間野村33

    神楽別当家の獅子頭には大正年代のものもあり、当時から神楽が親しまれていた。地区発展、家内安全、子孫繁栄、無病息災を祈り昭和6年大迫町大償神楽に正式に弟子入りし、翌昭和7年3月1日、百沢神社で初舞奉納したのが始まり。当時、米一俵は8円20銭、脱退すると、米3俵罰として納めるという固い契りの下、9人で発足した。

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  • 佐比内館跡(さひないだてあと)

    • 斯波氏
    • 歴史・文化
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町佐比内字神田 熊野神社

    館跡は館南方の佐比内川(さひないがわ)に中沢川(なかざわがわ)が合流する右岸の山上(熊野神社境内)にあり、尾根続きの北側を除く三方はいずれも急峻な地形を呈しています。佐比内川に沿う遠野街道を眼下に見下ろす交通の要衝で、対岸には古館(ふるだて)が残っています。館主は河村秀清(かわむらひできよ)一族といわれていますが、至徳(元中)元年(1384年)、十三代秀基(ひでもと)の代に大巻より移って来たものともいわれます。

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  • 彦部産直 楽々(らら)

    • 産直
    • 産直東部
    • 買う
    住所 紫波町彦部字川久保165

    野菜や果物の他、天日干しで自然乾燥させた「はせがけ米」が人気。春には付近で採れた山菜が豊富に並ぶ。

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  • ルート396長岡

    • 産直
    • 産直東部
    • 買う
    住所 紫波町西長岡字下和野1-1

    大規模りんご生産団地の長岡中央果樹生産組合が展開する産直だけに、地元産の果実類が豊富。店内は長岡の里の恵みであふれている。

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  • 舟久保さんさ踊り【紫波町無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町船久保字百沢80-2

    口伝によると、藤原氏の栄えた頃に平泉の方からこの地域に来て金の採掘に従事した人々によって踊り始まったものが、土地の人々に伝わり、現在に至ったものという。ちなみに現紫波町の、佐比内・赤沢・長岡の東部山間地区には大小の金山が散在し、採金に関わる人々が諸国から集ったといわれている。そのためかこれらの地域には、山村にもかかわらず集落が形成されていた。

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  • 長岡地区 ウォーキングコース

    • 運動
    住所 長岡全域

    地域への愛着を育み、地区内外の人びとの健康づくりと地域資源を紹介しようと、長岡全域をウォーキングエリアとして8つのコースを設定しました。

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    長岡ウォーキングコース
  • 義経神社(判官堂)

    • 人物
    • 平泉樋爪
    • 歴史・文化
    • 源義経
    • 神社仏閣
    • 観る
    • 観る東部
    住所 紫波町赤沢木戸脇114-3

    源義経(みなもとのよしつね)にまつわる伝説が残る赤沢地区。その一つが義経神社。 お札には、義経と縁のあると思われる「判官宮(はんがんぐう)」の文字と弓矢の絵が描かれており、昔は出征する兵隊が参拝し、このお札をもらって戦地に向かったといわれています。乗馬の鍛練をしたという「鐙越((あぶみごえ)」「矢島(やしま)」「的場(まとば)」が地名として残っています。「鐙越」の急斜面は、「鵯越(ひよどりごえ)」につながる鍛錬の場であったと言われています。

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  • 彦部大神楽【紫波町無形民俗文化財】

    • 郷土芸能
    住所 岩手県紫波郡紫波町彦部字東86

    私共の生まれ育った彦部の里には、紫波町の無形民俗文化財として指定されている芸能が二つあり、その一つが南部家の家臣、南部駒太夫の手によって舞い広められた七幹舞(大神楽)がこの地に伝承され六角舞として舞われ、後に手振りに工夫を加えた舞が、その先達片岸家によって片岸舞と称し現代に至っている訳ですが、その片岸舞唯一の舞組が彦部大神楽であり、田植踊に次ぎ昭和53年に第13号の指定を受けて居ります。

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