一般社団法人紫波町観光交流協会

神社仏閣

志賀理和氣神社

志賀理和氣神社(しかりわけじんじゃ) 【創建】 社伝では、延暦23年(804年)に坂上田村麻呂が、東北開拓守護神として経津主命(香取神)・武甕槌命(鹿島神)を勧請したことに始まるという。 9世紀初頭において、一帯では志波城造営(803年)・斯波郡(紫波郡)建置・徳丹城造営(811年)などの開拓が進…

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赤沢薬師堂

赤沢薬師堂 赤沢地区の音高山南麓の福宝薬師堂に、平安末期12世紀奥州藤原氏の時代の作と推定される七仏薬師如来(しちぶつやくしにょらい)立像が、今も地域の人々の信仰を集め、祀られているお堂です。 七体そろって伝わっている事例は珍しく、岩手県指定文化財となっております。12月8日がご祭日となっており、…

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走湯神社

走湯神社 二日町の東部、城山の北西麓に位置。鎌倉時代からの古刹高水寺の境内にあった、当国三十三観音7番札所。祭神は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)で旧村社。 かつては走湯権現・大槻観音ともいわれます。境内社は、諏訪神社、八坂神社、天満宮、八幡宮、菊池稲荷神社、道祖神。合祀社は愛宕神社。 伝承…

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蜂神社

蜂神社(はちじんじゃ) 陣ヶ岡公園の中にある神社です。前九年合戦の時、源義家(みなもとのよしいえ)は厨川(くりやがわ)の戦いで安部貞任(あべのさだとう)軍にてこずっていました。その時、厨川柵周辺の藪にたくさんの蜂の巣があり兵が蜂にさされて 困っていましたが、それを見た源義家はそれにヒントを得たのか…

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義経神社(判官堂)

義経神社(判官堂) 源義経(みなもとのよしつね)にまつわる伝説が残る赤沢地区。その一つが義経神社。 お札には、義経と縁のあると思われる「判官宮(はんがんぐう)」の文字と弓矢の絵が描かれており、昔は出征する兵隊が参拝し、このお札をもらって戦地に向かったといわれています。乗馬の鍛練をしたという「鐙越(…

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五郎沼薬師神社

五郎沼薬師神社 比爪館の区画内部の南西部には「薬師神社」が鎮座しています。 この薬師神社は大荘厳寺の「鎮守社」と推測されます。 「鎮守社」とは、寺院境内地の土地の神を祀る、寺院内に設置される 神社のことです。 大荘厳寺の盛岡移転の際に、土地神を祀る鎮守社は故地に残された ものと考えられ、薬師神社の…

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白山神社・蓮華廃寺

白山神社・蓮華廃寺(れんげはいじ) 「音高山」の頂上に鎮座する神社です。「白山」は福井県、石川県、岐阜県の県境に聳える標高2702mの山で、白山を霊峰とする「白山信仰」に基づく「白山神社」は全国各地に約2700ヶ所に鎮座しています。 赤沢白山神社は永承2年(1047年)に奥州藤原氏初代清衡の父、藤…

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是信房墓所

是信房墓所(ぜしんぼうぼしょ) 浄土真宗開祖・親鸞の高弟24人中10位にあった徳の高い僧侶である是信房は、1215年にこの地にやってきたといわれています。石ヶ森(いしがもり)に本誓寺(ほんせいじ)を創建し、浄土真宗を布教。1258年に死亡しその墓所はお墓山(はかやま)といいます。町指定史跡。

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法廣山 正音寺

法廣山(ほうこうざん) 正音寺(しょうおんじ) 正音寺の銅鐘は約400年前の作で盛岡の法輪院(ほうりんいん)が廃寺となったとき譲り受けたと伝えられています。正音寺の境内左にあるお堂には平安時代後半の木造毘沙門天立像、降三世明王・軍茶利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王像が安置されています。これらは、も…

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水分神社・スギ群

水分神社は、水配(みくま)りという意味があり、水の神として祀(まつ)られたところです。 秀峰東根山(あずまねさん)の麓に位置し、周囲は樹齢およそ700年位の杉の群生に囲まれ、豊かな自然の恵みとして、古くから良質な水が湧き出ています。坂を上り見えてくるのが、17本の天然杉。ここの湧水は美味しいと評判で…

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志和古稲荷神社

志和古稲荷神社 御祭神は「開運福徳の神」「産業の神」として尊崇されている 『宇迦御魂命(うかのみたまのかみ)』で、あらゆる生業に幸福を与え給う神として崇敬されています。昭和29年9月26日台風15号により、社前の御神木大杉が倒伏しました。その根本の空洞の土の中から御眷属(ごけんぞく)「白きつねのミ…

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薬師堂

薬師堂 赤沢地区に所在する七仏薬師如来(しちぶつやくしにょらい)を祀るお堂です。 薬師如来像は12世紀奥州藤原氏の時代の制作です。七体そろって伝わっている事例は珍しく、岩手県指定文化財となっております。12月8日がご祭日となっており、薬師講の方々によって毎年お祭りが続けられています。

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高水寺跡

高水寺跡 二日町の東部、城山の北西麓に位置した古刹。寛永年間(1624年~44年)盛岡城下に移され、明治初年廃寺となりました。神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)称徳(しょうとく)天皇の勅願によって創建されたと伝えられます。

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新山神社・新山寺跡

新山神社・土舘新山寺跡 新山神社は昔は新山権現(しんざんごんげん)といい斯波(しば)氏のころは新山寺(しんざんじ)といって郡内有数の寺院であったといわれています。一説には藤原秀衡(ふじわらのひでひら)の時代にさかのぼる祈願所であったという伝えもあります。かつて新山寺の参道には18ヵ所の坊舎が造られ…

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