一般社団法人紫波町観光交流協会

【標柱】紫波町指定史跡 樋爪館跡

 紫波町指定史跡樋爪館跡の範囲は、樋爪館遺跡と五郎沼遺跡を合わせた約12万㎡です。

 樋爪は、世界文化遺産平泉の奥州藤原氏初代清衡の子清綱に始まり、その子俊衡に受け継がれ、この地で産出する砂金等を支配し北方交易の拠点にもなっていたと推測されます。

 樋爪館遺跡は、南側が五郎沼に面し北と東西は大溝で囲まれ、奥州藤原氏樋爪一族の居館と政庁や寺院がありました。大溝は幅約10m、深さ1~2mであることから攻撃を防ぐためのものではなく土地の区画を目的としたものと考えられます。

 1189年(文治5年)の奥州合戦で消失し、樋爪一族は厨川に進攻していた源頼朝に揃って投降しました。老齢の当主俊衡のみが樋爪の地に残ることを認められ、他の一族は関東以南の各地に追放されました。俊衡は大荘厳寺で暮して平泉四代泰衡の子秀忠を育て、自分の娘璋子と結婚させたという言い伝えもあります。

 樋爪館遺跡の発掘調査は、1965年(昭和40年)度から2019年(令和元年)度まで33回行われました。これまでの調査は、現在の赤石小学校の敷地である区画内部の北西部に集中しています。この場所では規模の大きい四面庇建物や井戸跡も多数出ており、「御所」的な場と推定されます。

 また、比爪館遺跡の区画内に、近世の初めに盛岡城下建設のため移転した「大荘厳寺」という寺院があったと伝えられていますが、2013年(平成25年)度に岩手県立博物館が行った比爪館跡微細測量調査の結果や、鎮座している薬師神社など種々のことから、大荘厳寺の場所は比爪館遺跡の南西部と想定されています。

 遺跡の区画内部の北東部は、ほとんど発掘調査が行われていませんが、微細測量調査結果では中島のある池と推測される地形もあり、当時の幹線道路である奥大道と接しているなどのことからも、政庁の立地として適している場所といえます。

 2019年(平成元年)度の第33回発掘調査で、柳の御所では部材の一部しか発見されていない「棟門」の柱穴跡が堀跡と土橋跡と一緒に見つかり、樋爪館が格式の高い場所であったことが証明されました。さらに、この堀跡は赤石小学校敷地内の発掘調査で見つかっている溝跡と接続する可能性も指摘されています。

 このように樋爪館跡は、院政期京都の有力者の居館や、平泉の居館と共通する「政庁」「居館」「寺院」からなる複合施設と推測される古代末期の貴重な史跡ですが、これまでは開発行為等に伴う緊急調査で、保存活用を目的とした発掘調査はほとんどで行われていない状態です。

 今後、すでに貴重な発見のあった調査区域と隣接する箇所の範囲確認調査等が行われることにより、往時の樋爪館の様子が明らかになってくるものと期待されています。

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